失われた記憶を取り戻すために:VRを用いた認知症治療のフロンティア(ケーススタディ)

Chloe Jones著 (2019年5月6日)

記憶は時間の経過とともに失われていきます。細かい記憶は忘れられ、時に混ざりあい、順序は入れ替わり、年齢とともに記憶を呼び起こすことは困難になります。病気がこのプロセスを劇的かつ悲劇的に進行させてしまうことがあります。認知症は、多くの人が当たり前のように持っている記憶を奪ってしまいますが、VRの没入感のある体験は有望な治療法の1つとして、今まさに最先端の取り組みが進められています。

VRの可能性を広げようと取り組んでいるSuzanne Leeさんは、認知症を抱える人をサポートするVRプラットフォームを提供する Pivotal Realityの創設者です。LeeさんはVRの技術を看護・介護施設に提供しています。

彼女の情熱は人への強い影響力を持っています。私は2018年のMobile World Congress(世界最大の携帯電話関連展示会)で彼女に最初会った時、たちどころに彼女のVRへの熱意に圧倒されました。現在Leeさんは、Lenovoのコミュニティ活動であるLenovo Championsのメンバーとして活動してくれています。私たちは、彼女が認知症患者向けのVRプラットフォームの試作を完成させた時から、最近出版された『メンタルヘルスの治療における仮想現実と拡張現実』と題する本への執筆まで、彼女の道のりを追いました。

母であり、CEO、テクノロジー業界の女性のアンバサダーであり、Lloyds 銀行のデジタル監査のリーダー、妻、そしてブロガーでもある多忙な彼女が、レノボのインタビューに応じ、VRがどのように人々の生活を変えてゆくかというビジョンを共有してくれました。

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質問:Pivotal Realityの素晴らしい仕事についてお聞きする前に、なぜ私たちにはVRが必要なのかを教えてください。それが重要である理由は何ですか?

私たちは世の中のすべてを三次元で見ています。風景だけでなく人同士の交流もすべてです。しかしこれまではテクノロジーを利用して体験できる世界は二次元に限られていました。VRを通して、これらのデジタルでの体験が三次元の環境に広がってゆくのは非常に素晴らしいことだと思います。なぜ私がVRを体験し、その認知向上の活動に多くの時間を費やしているかと言うと、この環境が本当に革命をもたらすと感じているからです。VRの最大の可能性は、誰もが新しいことへの参加の機会と交流の機会を増やせることにあると思います。例えば私は、ソーシャルVRイベントに参加したことで、仮想空間で世界中の人々と一緒に学び、交流する機会を持つことができました。もちろん、これまでのビデオ会議でも対話はできますが、VRでは、その場に立ち、自由に動き回り、その場に居て参加したかのような強い印象を残すことができます。自分が「電話をかけた」のではなく、そこへ「行った」感覚です。

質問:この道に進んだきっかけは何ですか?このVRのアプリケーションには何をきっかけに取り組んだのですか?

私の父方母方両方の祖母は、亡くなる前に認知症になりました。この頃既に私はVRには興味があり、このテクノロジーをもっと学びたいと思っていましたが、一方で、厳格な金融サービス業界で働くうちはそれも難しいと感じていました。そんなある日、祖母が私の娘に昔のターンテーブルというものがどのようなものだったのかを説明していました。その時、私は2人が実際にターンテーブルを見ながら会話できれば理解が深まり素晴らしいのではないかと思いました。実際のアイデアを思い付いたのはそのできごとの後、介護施設でVRが使用されている動画をYouTubeで見た時で、祖母は既に亡くなっていました。当時は「フェイクニュース」という言葉が生まれる前でしたが、信じきれない話で、VRを見ている人のリアクションは演技ではないかとさえ思いました。そこで、自分自身でこれに挑戦してみることにしました。 こうした経緯でVRヘッドセットを持って近くの認知症サポートグループを訪問したところ、ここでの体験で自分がやりたいことはこれだ、これこそが、VRを使って本当に有意義な形で人を助けることができる取り組みだと決心しました。
私はYouTube動画を加工し、浜辺の風景をVRで再生しました。Margaretさんという女性は、それを大変気に入ってくれました。彼女は認知症でしたが、小さな子供の頃に弟と行った家族旅行を思い出しました。私がヘッドセットを外した時、彼女は泣いていました。それを見て悪いことをしてしまったかと私はパニックになりましたが、それは彼女が忘れていた弟との楽しい記憶を思い出したことの嬉し涙だったのです。彼女の弟は既に亡くなっていたので、この思い出が蘇ったことはさらに特別な出来事だったようです。VRが記憶を覚醒する強力なツールであると実感した瞬間、鳥肌が立ちました。それ以来この道に進み、高齢者および認知症患者向けの体験を生み出すために取り組んでいます。

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質問:VRは、変革を起こせる強い力を持っています。VRが患者に変化を起こしたり、誰かの考え方を変えたりした瞬間はたくさんあると思いますが、1つ例を挙げてもらえますか?

2週間前に介護施設を訪れた際、誰とも話さない入居者がいるのでその人が話に応じなくても気を悪くしないようにと告げられました。彼女はまったく話さず、集会にも参加せずに、自分の殻に閉じこもっていました。彼女はVRを試してみることには意欲的だったので360度で見られるハリネズミHenryのアニメーション動画を見せました。この可愛らしい短編動画では、Henryの誕生日なのに、彼はトゲがあるため祝ってくれる友達がいないというお話です。自分のバースデーケーキのろうそくを吹き消すと同時に、友達が欲しいという願い事をします。その瞬間、彼女は突然、大声でハッピー・バースデーの歌を歌い始めたのです!彼女は組んだ足を弾ませ、音楽に合わせてリズムを取っていました!驚くべき瞬間でした。介護士は衝撃を受け、なんて素晴らしいことだと言ってくれました。
別の女性は、元プロアイススケーターで、もう1度氷の上を滑りたいと願っていて、VRならではの没入できる体験を彼女へ提供しました。彼女はスケートの動作の呼び名を正確に思い出し、最高の体験ができたと言っていました。彼女が実際に氷の上で滑っているという感覚―彼女が大昔に失ったと思っていた感覚に再び火を付けることができたのです。

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質問:あなたは認知症およびアルツハイマーの患者向けのVRのトレーニングと、その効果に関して専門家や慈善団体から頻繁にアドバイスを求められますが、今後どのような可能性と課題がありますか?

デジタル機器は低価格化が進み、使い易くなってきたため、あらゆる業界で利用されています。しかし、VRに関してはまだ普及段階です。現時点での課題は、VRヘッドセットを持っている人が少なく、持っている人が周囲にあまりいないことです。さらに困ったことに、人々は品質の低い安価な機器やスマートフォンを使ったヘッドセットを試し、VRはこんなものだろうと思い込んでしまい、これが実際に業界に悪影響を及ぼしています。VRを本格的に始める時に何をそろえてよいかがわかりにくいのです。さらに「VR Ready」「最初に買うべき最高のVRヘッドセット」といった店頭のうたい文句、あるいはどのアプリが具体的な役に立つかという情報が判りにくいことも問題です。もっと詳しい情報を求める人は増えていますが、簡単に案内してくれる情報源がありません。私がYouTube チャンネルを始めたのは、このような理由からです。VRのトレーニングセッションを開発するにはコストが高く、実際に認知症治療用の効果が検証された研究成果はわずかです。多くの人々がまだ確信を持てず、一番手としてリスクを負いたくないと感じているのだと思います。VRを理解してくれる人が増えれば、この技術の恩恵を受ける高齢者も増えます。どの新技術でもそうですが、今はまだニッチエリアにあるものの素晴らしさをいかに広く伝えられるかが課題です。

質問:“Smarter Technology for All”はまさしく私たちの方針です。Lenovo Mirage SoloとDaydream VRヘッドセットを、仕事でどのように使っていますか?

Lenovo Mirage Soloヘッドセットは、多くの意味で私にとって最適です。先に述べましたように、利用へのハードルを下げることは重要で、介護施設は多額の費用がかからないソリューションを必要としています。従来のVRは通常、ヘッドセットに加え高性能のデスクトップPCまたはノートPCを購入しなければなりません。さらに複雑な配線、これはコードにつまずく危険性があり、高齢者と接する仕事では深刻な懸念となります。したがって、Mirage Soloのようなワイヤレスのヘッドセットは、私にとっても介護職にとっても最高のソリューションでした。持ち歩きが楽で、私も自分のヘッドセットを3カ所の介護施設で使用するために、スコットランドのハイランド地方アラプールへ持っていきました。そこには認知症介護の専門家がいて、彼女は3カ所の介護施設間で通常の持ち物と一緒にヘッドセットを持ち歩けたら良いと感じており、このニーズにはちょうど良いものでした。使い始める前に重い装置を持ち運び、コンセントに差し込んで設定しなければならない状況と、携帯してスイッチを入れて使うだけの違いを考えてみてください。この簡単さは機械に自信がない人にとっても理想的です。Mirage Soloは使い手にとっての障壁を取り除いてくれます。

質問:Alzheimer’s Scotlandとのパートナーシップを検討するミーテイングから、Inspirational Women in Tech of the Year賞へのノミネートに至るまで、あなたの活動は高く評価されています。あなたとPivotal Realityにとって、次の目標は何ですか?

現在、私は小さな変化を幾つも起こし、それが繋ぎ合わさって大きな変化を生み出すように取り組んでいます。私の取り組みは新しい分野であるため、VRを活用して記憶を取り戻し、社会的孤立とも闘う人々を紹介してこの分野の認知向上に取り組んでいます。さらに大きな挑戦として、VRを活用して認知症がどのようなものか、それが人々にどのような影響を与えるかを示すという仕事があります。この取り組みはまだほんの表面に手を付けたばかりです。私はソーシャルVRが大好きですし、今はどうすればVRイベントを通して大勢の人に私の体験を共有できるかに没頭しています。私の開発したプロトタイプはマルチユーザー対応で互換性もあるので、技術的には既にできることなので、あとはユーザーに最初の体験がいかに有益なものと感じてもらえるかを計画するだけです。

質問:将来、VR技術はどの方向へ進むと思いますか? どのように進化して、患者の人生を変化させる可能性がありますか?

Pivotal Realityの活動は当初、エンターテインメントとして外にでられない人のために外の世界の面白いことを提供することが目的でした。それから没入する体験により記憶を取り戻すツールへと進化し、今では社会との接触を促す存在となっています。これによって人々が交流し、会話し、自分の人生について人に話をしている場面を見かけるようになりました。ヘルスケアの専門家、介護者、および家族まで利用範囲を広げてゆける可能性があり、そうなれば業界全体に変革を起こせる可能性があります。人々は、VRの印象的なコンテンツで学習できるようになります。たとえば、認知症が実際にどのように脳に影響を与えるかを三次元モデルで見たり、認知症患者が世界をどのように見ているかVRで体験したりできます。VRは共感と理解を促し、それによって私たちは、認知症患者をより良くサポートできます。これは少なくとも根本的な治療方法が発見されるまでは、現時点でできる素晴らしい進歩となるはずです。

 


<YouTube>https://youtu.be/vQSQ4Mx125U

Suzanne LeeさんのツイッターおよびYouTube @thehappylass

Pivotal Realityの活動はこちら Twitter @pivotalreality.

※本原稿はレノボ本社広報サイトの原稿を抄訳したものです。https://news.lenovo.com/restoring-memories-frontiers-of-treating-dementia-with-vr/